初日から10日間で興行収入107億円超えをはたしたアニメ映画『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』の大ヒットは、コロナの影響が大きいとの見方がある。洋画の新作公開が止まったことで空いたスクリーンが割り当てられ、そのため異例の興収になったというのだ。観に行った人のなかには、それほど『鬼滅』ファンではない“にわか”も多数いるという。
しかし、アニオタ歴数十年の古参オタクは、劇場版『鬼滅』はヒットするべくしてヒットした作品だと強く主張する。『鬼滅』のどのあたりが面白いのか? 世の中の“にわか”に向けて、アニオタならでの視点から『鬼滅』のヒットの理由を熱く語ってもらった。
※この記事では現在劇場公開中の映画『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』の内容が述べられていますので、ご注意ください。
(取材・文=押尾ダン/清談社)
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『NARUTO』でさえ成し遂げなかった圧倒的女子人気まずは、週10本のテレビアニメをチェックし、漫画は単行本を月20冊購入するという新村俊樹さん(仮名、41歳)に『鬼滅』について語ってもらおう。新村さんはオタクの祭典であるコミケにもサークル参加して20年のキャリアをもつ。
──ズバリ、なぜ『鬼滅』はここまで人気になったと思いますか。
新村 多くのアニメを観てきた経験からいうと、国民的な大ヒットには女子を含めた小学生の支持が欠かせません。同じジャンプ漫画の『ONE PIECE』がまさにそうでした。その点、『鬼滅』は男子にだけじゃなく、というより、むしろ女子に人気を博している。これは『るろうに剣心』や『北斗の拳』、『NARUTO』でさえ成し遂げることができなかったことです。
子どもがハマれば、母親も一緒にアニメを観るようになるじゃないですか。『鬼滅』には親たちも夢中になれる要素がちりばめられています。実際、少年漫画がアニメ化された作品なのに、『鬼滅』は30~40代の女性ファンが相当な数に上るそうです。子どもも親も巻き込めるかどうかというのは、ヒットするうえですごく重要なんですよ。
──でも、『鬼滅』は主人公・竈門炭治郎(かまどたんじろう)の家族が一番上の妹を除いて鬼に皆殺しにされる凄惨な場面から物語が始まります。首が切り落とされる残酷な描写もたくさんあり、女子小学生がハマるにはハードすぎるんじゃないですか。
新村 たしかに設定だけを見れば、まるで『子連れ狼』に代表される昭和の劇画の世界です。柳生一族に家族を殺された拝一刀が、息子・大五郎とともに復讐するみたいな……。ただ、こうした主人公の逆境は昔からヒット作の王道なんですよ。かつて国民的人気になったNHKの連続ドラマ小説『おしん』なんて、すさまじい逆境から始まりますよね。
最悪の状況から物語がスタートし、逆境のなかで主人公が成長していくので、観ている側はもう応援するしかない。だから老若男女が物語に入り込むことができる。いまどきのアニメがそこそこのヒットで終わるのは、主人公が最初から強いからです。さらに、『鬼滅』はハードな内容のわりに絵がかわいく、子どもの心を打つ仕掛けも隠されています。
小学生の女子たちは禰豆子に感情移入している──子どもの心を打つ仕掛け! それはいったいなんですか。
新村 僕が思うに、そのひとつは炭治郎の「やさしさ」です。家族を殺されて鬼殺隊に入ったのに、炭治郎は負の感情にとらわれていない。普通なら鬼を憎み、ただ復讐にまい進する。実際、従来の作品であればそういった物語展開だったでしょう。でも、炭治郎は鬼にされた妹・禰豆子(ねずこ)を人間に戻すために戦っている。鬼が憎いわけではないんです。
たとえば、炭治郎は鬼の死に際に手を握ってあげたりもする。こういうやさしさって女の子ウケがいいし、負の感情に疲れた現代人に刺さりやすいと思うんですよ。炭治郎が『進撃の巨人』のエレン・イェーガーのように、単に「鬼を駆逐してやる」というタイプの主人公だったら、ここまでの国民的人気にはならなかったんじゃないでしょうか。
新村 そのやさしさをより引き出しているのが鬼にされた禰豆子です。炭治郎は常に妹の禰豆子のことを気遣い、守ってあげている。一般的に子どもは物語を俯瞰して見るのが苦手なので、感情移入できる対象を登場させないと大ヒット作にはなりません。禰豆子というのは、小学生の女子が感情移入することのできるキャラクターなんです。
しかも、炭治郎と行動をともにする善逸(ぜんいつ)というキャラが「禰豆子ちゃん好き好き」ってチヤホヤしてくれる。感情移入している女子にとって、善逸は自分を好きと言ってくれる男の子です。それでいて性的なものは全然感じさせないので安心して観ることができる。事実、善逸は女子小学生のあいだで一番人気のキャラになっています。
『進撃の巨人』や『BLEACH』との共通点──でも、やさしさだけだと男心にはそこまで響かない気もしますが。
新村 男の子の心を打つのは鬼の存在だと思います。『進撃の巨人』にも同じことがいえますが、「鬼が人間を食う」という設定は脅威としてわかりやすい。作者の吾峠呼世晴(ごとうげこよはる)さんは『ジョジョの奇妙な冒険』のファンらしいんですけど、『ジョジョ』の1部と2部も吸血鬼モノで、食われた人間が吸血鬼になって増えていきます。
それは人間にとってものすごく脅威ですよね。その脅威に対し、主人公が人間を守るための組織に加わり、みんなで同じ制服を着て戦いを挑む。『BLEACH』ともちょっと似ているかもしれません。強い先輩がいて、励まし合う仲間がいる。『鬼滅』は逆境モノであると同時に隊士モノで、学園モノでもあるんです。ジャンプ伝統のキャッチーな必殺技も出てきます。
──そこは大人の男も好きな要素です。
新村 『鬼滅』は当初、アニオタのあいだで大きな注目を集めた作品で、それによってアマプラ(アマゾンプライム)などでランキングが上昇。コロナによる一斉休校のために家でヒマを持て余していた小学生の目にとまった、という経緯があります。老若男女にウケる要素が詰め込まれていますが、アニオタを唸らせる作品でもあるんですよ。
原作とテレビアニメは戦闘シーンが全然違う『鬼滅』はなぜアニオタに刺さったのか。今度は、やはり週15本のアニメを観て、アニメ関連の記事も書いている西川大介さん(仮名、38歳)に語ってもらおう。
──アニオタとして『鬼滅』のどのあたりに魅力を感じたんですか。
西川 私に限らず、アニオタが『鬼滅』に注目した理由は、まずufotable(ユーフォーテーブル)というアニメ制作会社が作るCGのすごさだと思います。たとえば、炭治郎は「水の呼吸」の使い手で、アニメでは必殺技を繰り出すときに刀の回りを水が浮世絵のように渦巻くんです。原作はそこまでの描写ではなく、もっとあっさりしているんですよ。
漫画はかわいい絵柄なので小学生の女の子も安心して読むことができるんですけど、大人のオタにとってちょっと物足りない。戦闘シーンの描写も『NARUTO』や『BLEACH』などの作品に比べると迫力がありません。ところが、テレビアニメでは、戦闘シーンの長さ自体も原作の3倍ぐらいになっているんです。
──たとえば、どういうシーンが原作より長くなっているんですか。
西川 一例を挙げれば、毬の血鬼術を使う朱紗丸(すさまる)という鬼と禰豆子が毬を蹴り合うシーン。この場面は原作では3コマ程度だったのに、テレビアニメではかなりの尺を使って長々と描かれています。アニオタというのは、CGがすごいとか作画がすごいとか、それだけでも評価するんですよ。
──他にもアニオタに刺さった要素はありますか。
西川 アニオタ界隈で早くから話題になったのが豪華すぎる声優陣です。テレビアニメではメインキャラではない鬼が毎回出てきて炭治郎たちに倒されるので、ギャラの高い大御所声優をゲスト出演のような形で起用することが可能だったんでしょう。そうした雑魚鬼を担当したひとりに『スラムダンク』で流川楓をあてた緑川光さんがいます。
『ジョジョ』出演の人気声優があてた「年号がァァ!」──緑川光さんといえば、むちゃくちゃ有名な声優さんですよね。
西川 オタク界隈では、グリーンリバー(緑川)を略して“グリリバ”と呼ばれている大御所のイケボ(イケメンボイス)です。その緑川さんが序盤で登場する雑魚の鬼をやったんですよ。また、鬼殺隊の最終選別の会場である藤襲山に長年閉じ込められ、炭治郎に倒された手鬼(ておに)も、『ジョジョ』でディオ・ブランドーをあてた子安武人さんが演じています。
この手鬼というキャラには「年号がァァ! 変わっているゥー!」という話題になったセリフがあるんですけど、もともと子安さんは突飛なセリフで知られている声優さんなので、「子安がまたなんか言っている」とアニオタはみんな大喜びしていました。
──ほかにもチョイ役で有名な声優さんが出ていたりするんですか。
西川 山奥から浅草という都会に来て、疲れはてた炭治郎が屋台で山かけうどんを食べるシーンがあります。この屋台の店主をやったのは劇場版『AKIRA』で主人公の金田正太郎を演じた岩田光央さんです。
ここは原作では1コマで、「あいよ」としか言わないキャラなのに、セリフと尺がかなり増えていました。制作側が話題つくりのためにシーンを追加し、せっかく出演する岩田さんの“見せ場”を作ったのではないでしょうか。
公開されている劇場版でも、アニメファンなら知らない者はいない有名声優の石田彰さんが上弦の参(鬼の位のこと)の十二鬼月、猗窩座(あかざ)を演じています。その石田さんと鬼殺隊のリーダー格のひとりである煉獄杏寿郎(れんごくきょうじゅろう)を演じた日野聡さんとの掛け合いがまたすごい。アニオタにとって見どころのひとつです。
劇場版『鬼滅』のポイントは「泣かせ」──最後に「ここに注目しろ」という劇場版の見どころを教えてください。
西川 テレビアニメ、そして劇場版では、戦闘シーンのほかにも原作にはない大きな要素が追加されています。それは「泣かせ」です。たとえば、ある山で下弦の伍の十二鬼月である累(るい)が率いる疑似家族の鬼たちと炭治郎たちが戦うシーンがあります。
累やその母親役などを演じていた鬼が倒されると、死に際に彼らの過去が悲哀の漂うトーンで挿入されます。これは、原作ではさらっと流されている部分です。観ている人たちが感情移入しやすいように、ペーソスのディテールをしっかり作り込んでいるんですよ。
──つまり、哀しい過去を見せることで鬼に同情を集め、泣かせようとしていると。
西川 そうです。普通なら敵のキャラの過去を見せる以上、そいつはその後主人公たちの仲間になります。あるいは戦う前に過去を見せることで、よりバトルを盛り上げる。それが従来のパターンでした。ところが、「鬼滅」では戦いが終わり、鬼が死ぬ間際になって過去を見せるんです。その意図は「観ている人を泣かせたい」という以外にないと思います。
もともと鬼も人間なので、愛情のない家庭で育ったりと、それぞれ物語があります。さんざんひどいことをやったけれど、じつはこんな過去をもつかわいそうなやつだった。それでも罪を背負って死んでいくという儚さ。こういうアニメはなかなかないと思います。
──そうすると、劇場版も当然「泣かせ」ポイントがたくさんあるわけですね。
西川 原作になかったセリフを追加し、泣かせるシーンにかなり尺を取っています。ネタバレになるので詳しくはいえませんが、一番の見どころだと思うのは、魘夢(えんむ)という夢を操る血鬼術を使う鬼とのシーンで、あのやさしい炭治郎が見せる感情の爆発です。制作側が泣かせようとしているのはわかっているんですが、それでも途中で3回泣きました。
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永遠に続くかのようなアニオタによる熱い『鬼滅』トーク。これらはあくまでいちファンの見解だが、彼らがそれだけ『鬼滅』に魅力を感じていることは理解できただろう。
ちなみに、『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』はテレビアニメの続きなので、まずそれを観ておかないと話にならない。全26話もあるが、もし映画館に行くなら動画配信サービスでテレビアニメをチェックしてから劇場版を観ることを強くおすすめしたい。
(清談社)
(出典 news.nicovideo.jp)
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